This Is Lean: リソースにとらわれない新時代のリーン・マネジメント

Mia Bytefield
August 30, 2024

動画解説

リーンマネジメントの基本概念

リーンの起源と進化

リーンマネジメントの概念は、トヨタ生産方式(TPS)を起源としています。1950年代に開発されたTPSは、ムダを徹底的に排除し、生産効率を最大化することを目指しました。この考え方は、製造業を中心に世界中に広まり、多くの企業の生産性向上に貢献してきました。

しかし、現代のビジネス環境は、TPSが開発された時代とは大きく異なります。グローバル化、デジタル化、そして顧客ニーズの多様化により、企業は従来の効率化だけでなく、柔軟性と迅速な対応力も求められるようになりました。この変化に対応するため、リーンの概念も進化を遂げています。

リソース効率とフロー効率

現代のリーンマネジメントを理解する上で重要な概念が、「リソース効率」と「フロー効率」です。

リソース効率は、個々のリソース(人、機械、設備など)がどれだけ効率的に稼働しているかを示します。例えば、ある工場の機械が1日中フル稼働しているとすれば、そのリソース効率は高いと言えます。多くの企業が従来から重視してきたのは、このリソース効率の向上でした。

一方、フロー効率は、製品やサービスが顧客に届くまでのプロセス全体の効率を示します。例えば、顧客の注文から製品の配達までの時間が短ければ、フロー効率が高いと言えます。

リーンマネジメントの新しいアプローチでは、単にリソース効率を高めるだけでなく、フロー効率にも注目します。なぜなら、リソース効率だけを追求すると、部分最適化に陥り、全体としての効率が低下する可能性があるからです。

全体最適化の重要性

全体最適化とは、組織全体のパフォーマンスを最大化することを意味します。これは、個々の部門や工程の効率を高めるだけでなく、それらが連携して全体としてどれだけ効率的に機能しているかを重視する考え方です。

例えば、ある製造ラインの各工程が100%の稼働率で動いていたとしても、工程間の連携が悪ければ、全体としての生産性は低下します。在庫が溜まったり、逆に次の工程に回せる製品が不足したりする状況が発生するからです。

全体最適化を実現するためには、組織全体のプロセスを俯瞰的に見る視点が必要です。そして、ボトルネックとなっている部分を特定し、改善することが重要になります。

トヨタ方式の核心

看板方式とは

看板方式は、トヨタ生産方式の中核を成す概念の一つです。この方式は、生産の各工程間で情報を視覚的に共有し、必要な量の部品や製品を必要なタイミングで生産・移動させるシステムです。

具体的には、各工程に「看板」と呼ばれるカードを用意し、そこに必要な部品の種類や数量、納期などの情報を記載します。後工程が部品を使用すると、その看板が前工程に戻され、それが生産の指示となります。これにより、過剰生産や在庫の無駄を省き、効率的な生産が可能になります。

看板方式の本質は、「プル型生産」にあります。従来の「プッシュ型生産」が予測に基づいて生産を行うのに対し、プル型は実際の需要に応じて生産を行います。これにより、市場の変化に柔軟に対応できる生産体制を構築できます。

ジャストインタイムの概念

ジャストインタイムは、「必要なものを、必要な時に、必要な量だけ生産する」という考え方です。これは、看板方式と密接に関連しており、無駄な在庫を持たずに効率的な生産を行うことを目指しています。

ジャストインタイムの実現には、以下の要素が重要です:

  1. 生産の平準化:需要の変動に対応しつつ、生産量を可能な限り一定に保つ
  2. 多能工の育成:従業員が複数の工程を担当できるようにし、柔軟な人員配置を可能にする
  3. 品質の作り込み:各工程で品質を確保し、後工程に不良品を流さない
  4. 設備の小型化・専用化:需要の変動に応じて生産量を調整しやすくする

ジャストインタイムは、在庫コストの削減、生産リードタイムの短縮、品質向上など、多くのメリットをもたらします。しかし、その実現には、サプライチェーン全体の協力と高度な管理能力が必要です。

セールスフォースのザ・モデルへの応用

トヨタ生産方式の考え方は、製造業だけでなく、他の産業にも応用されています。その一例が、クラウドベースのCRMソフトウェアを提供するセールスフォース社の「ザ・モデル」です。

ザ・モデルは、セールスプロセスを効率化するためのフレームワークで、以下のような流れになっています:

  1. マーケティング:リードの獲得
  2. インサイドセールス:リードの選別と初期対応
  3. フィールドセールス:商談と成約
  4. カスタマーサクセス:導入支援と顧客満足度向上

この流れは、トヨタの看板方式を参考にしています。各段階で必要な情報が次の段階に受け渡され、効率的な営業活動が可能になります。また、ジャストインタイムの考え方も取り入れられており、各段階で必要な情報や対応を、必要なタイミングで提供することを目指しています。

ザ・モデルの成功は、製造業で培われたリーンの考え方が、サービス業やIT業界にも適用可能であることを示しています。ただし、単に形式を真似るだけでなく、自社の状況や顧客のニーズに合わせてカスタマイズすることが重要です。

フロー効率の重要性

フローユニットの定義と可視化

フロー効率を向上させるためには、まず「フローユニット」を明確に定義し、可視化する必要があります。フローユニットとは、プロセスを通じて移動し、処理される対象のことを指します。製造業では製品、サービス業では顧客、情報産業ではデータなどが該当します。

フローユニットを可視化するには、以下のステップが有効です:

  1. プロセスマップの作成:フローユニットがどのような工程を経るか図示する
  2. タイムライン分析:各工程にかかる時間を計測し、全体の所要時間を把握する
  3. バリューストリームマッピング:価値を生む活動と無駄な活動を区別し、可視化する

これらの手法を用いることで、プロセス全体の流れを俯瞰的に把握し、改善すべきポイントを特定しやすくなります。

プロセスの分解とボトルネックの特定

フローを可視化したら、次はプロセスを詳細に分解し、ボトルネックを特定します。ボトルネックとは、全体のフローを滞らせている要因のことで、これを解消することで大きな改善効果が得られます。

プロセスの分解とボトルネック特定の手順は以下の通りです:

  1. プロセスの細分化:大きな工程をより小さな作業単位に分ける
  2. データ収集:各作業にかかる時間、待ち時間、不良率などのデータを収集する
  3. 分析:データを基に、最も時間がかかっている工程や、最も問題が発生しやすい工程を特定する
  4. 改善策の検討:特定されたボトルネックに対する改善策を考案する

例えば、営業プロセスを分解する場合、以下のような指標を用いてボトルネックを特定できます:

  • 通電率:見込み客への電話が繋がる確率
  • 責任者接触率:意思決定者と直接話せる確率
  • アポイント率:商談のアポイントが取れる確率

これらの指標を分析することで、どの段階で最も時間がかかっているか、あるいは成約率が低下しているかを特定し、効果的な改善策を講じることができます。

リソース配分の最適化

ボトルネックを特定したら、次はリソースの最適な配分を考えます。ここでいうリソースには、人員、時間、設備、予算などが含まれます。

リソース配分の最適化には、以下の点を考慮する必要があります:

  1. 重要度と緊急度:各作業の重要度と緊急度を評価し、優先順位をつける
  2. スキルマッチング:作業の内容と従業員のスキルを適切にマッチングさせる
  3. 柔軟性:需要の変動に対応できるよう、ある程度の余裕を持たせる
  4. コスト効率:必要以上にリソースを投入しないよう注意する

例えば、営業プロセスにおいて、リスト作成や情報入力などの定型業務を正社員が行っている場合、それを外注化や自動化することで、より高度なスキルを要する業務(商談や戦略立案など)にリソースを集中させることができます。

ただし、リソース配分を考える際は、単なるコスト効率だけでなく、顧客満足度や従業員のモチベーションなども考慮に入れる必要があります。短期的なコスト削減が長期的な競争力低下につながらないよう、バランスの取れた判断が求められます。

実践的なアプローチ

業務フローのデザインと最適化

リーンマネジメントを実践するためには、業務フローを適切にデザインし、継続的に最適化していく必要があります。以下に、業務フローのデザインと最適化のステップを示します:

  1. 現状分析:
    • 現在の業務フローを詳細に把握する
    • 各プロセスにかかる時間、コスト、品質などのデータを収集する
  2. 理想状態の設定:
    • 顧客価値を最大化し、無駄を最小化した理想的な業務フローを描く
    • 具体的な目標(リードタイム短縮、コスト削減、品質向上など)を設定
  1. ギャップ分析:
    • 現状と理想状態のギャップを特定する
    • ボトルネックや無駄な工程を洗い出す
  2. 改善策の立案:
    • ギャップを埋めるための具体的な改善策を考案する
    • 短期的に実行可能な施策と長期的な取り組みを区別する
  3. 実行とモニタリング:
    • 改善策を実行に移す
    • KPIを設定し、定期的に進捗をモニタリングする
  4. 継続的改善:
    • 実行結果を評価し、さらなる改善点を見出す
    • PDCAサイクルを回し、継続的に業務フローを最適化する

業務フローのデザインにおいては、全体最適を意識することが重要です。各部門や工程の個別最適化だけでなく、組織全体としての効率性と顧客価値の向上を目指します。また、デジタル技術の活用も効果的です。例えば、業務プロセス管理(BPM)ツールを導入することで、業務フローの可視化や自動化が容易になります。AI や RPA(Robotic Process Automation)などの技術を活用することで、定型業務の自動化や意思決定の支援も可能になります。コスト効率と顧客満足度のバランスリーンマネジメントの目的は、単なるコスト削減ではありません。顧客満足度を維持・向上させながら、効率性を高めることが重要です。以下に、コスト効率と顧客満足度のバランスを取るためのポイントを示します:

  1. 顧客価値の定義:
    • 顧客にとっての価値を明確に定義する
    • 顧客調査やフィードバック分析を通じて、真のニーズを把握する
  2. 価値流れの分析:
    • 顧客価値を生み出すプロセスと、そうでないプロセスを区別する
    • 価値を生まない活動(無駄)を特定し、削減または排除する
  3. 品質の作り込み:
    • プロセスの各段階で品質を確保し、手戻りを減らす
    • 品質管理コストと不良品発生コストのバランスを考慮する
  4. リードタイムの短縮:
    • 顧客の待ち時間を最小限に抑える
    • 在庫削減と供給の安定性のバランスを取る
  5. 柔軟性の確保:
    • 需要の変動に対応できる生産・サービス提供体制を構築する
    • 過度の効率化による硬直化を避ける
  6. 従業員の育成:
    • 多能工化を進め、柔軟な人員配置を可能にする
    • 従業員の満足度向上が顧客満足度向上につながることを認識する
  7. テクノロジーの活用:
    • 自動化やデジタル化により、効率性と顧客体験の両方を向上させる
    • データ分析を活用し、顧客ニーズの変化をリアルタイムで把握する

例えば、コールセンターの運営を考えてみましょう。単純に応対時間を短縮することでコスト効率を高めようとすると、顧客満足度が低下する可能性があります。代わりに、FAQ の充実やチャットボットの導入により単純な問い合わせを自動化し、オペレーターは複雑な問題や高付加価値の対応に集中するという方法が考えられます。これにより、コスト効率と顧客満足度の両方を向上させることができます。コスト効率と顧客満足度のバランスを取るためには、短期的な視点だけでなく、中長期的な顧客生涯価値(LTV)も考慮に入れる必要があります。一時的なコスト増加を恐れずに顧客満足度を高めることで、長期的には顧客ロイヤルティの向上やリピート率の増加につながり、結果として収益性が向上する可能性があります。

マネジメントへの応用

組織管理におけるリーン思考の活用

リーンの考え方は、製造現場やサービス提供プロセスだけでなく、組織全体のマネジメントにも適用できます。以下に、組織管理にリーン思考を活用するためのポイントを示します:

  1. 目的の明確化:
    • 組織の目的(ミッション・ビジョン)を明確にし、全従業員と共有する
    • 各部門や個人の目標を組織の目的と整合させる
  2. 価値の定義:
    • 顧客にとっての価値、組織にとっての価値を明確に定義する
    • 価値を生まない活動や慣習を特定し、見直す
  3. 情報の流れの最適化:
    • 組織内の情報共有を円滑にし、サイロ化を防ぐ
    • 必要な情報が必要な人に、必要なタイミングで届く仕組みを構築する
  4. 意思決定プロセスの効率化:
    • 権限委譲を進め、現場レベルでの迅速な意思決定を可能にする
    • データに基づく意思決定を促進する
  5. 人材育成:
    • 継続的な学習と改善を奨励する文化を醸成する
    • クロスファンクショナルなスキル開発を支援する
  6. リーダーシップの変革:
    • トップダウンの指示型からコーチング型のリーダーシップへ転換する
    • 「現場(ゲンバ)」を重視し、実際の状況を把握した上で判断を下す
  7. 柔軟な組織構造:
    • 環境変化に対応できる柔軟な組織構造を採用する
    • プロジェクトベースの横断的なチーム編成を促進する
  8. パフォーマンス評価の見直し:
    • 個人の成果だけでなく、チームや組織全体への貢献も評価する
    • 短期的な数値だけでなく、長期的な価値創造も評価指標に含める
  9. 継続的改善の文化:
    • 小さな改善を積み重ねる「カイゼン」の文化を醸成する
    • 失敗を学習の機会と捉え、挑戦を奨励する風土を作る
  10. テクノロジーの戦略的活用:
    • デジタル技術を活用し、業務プロセスの効率化と可視化を図る
    • データ分析や AI を活用した意思決定支援システムを導入する

これらのポイントを組織に取り入れることで、より効率的で柔軟な、そして従業員の創造性を引き出す組織運営が可能になります。

150人規模の組織での実践例

ここでは、150人規模の組織でリーンマネジメントを実践した具体例を紹介します。この規模は、スタートアップが成長期を迎え、組織の効率化と体制の整備が必要になる典型的な段階です。

  1. 組織構造の最適化:
    • 機能別の縦割り組織から、顧客セグメントやプロジェクトベースの柔軟な組織構造に移行
    • 10〜15人程度の小規模チームを基本単位とし、自律的な運営を促進
  2. コミュニケーションの改善:
    • 週次の全体ミーティングで会社の方向性や重要な情報を共有
    • Slack などのツールを活用し、リアルタイムのコミュニケーションを促進
    • 定期的な 1on1 ミーティングを実施し、上司と部下のコミュニケーションを強化
  3. 業務プロセスの標準化と可視化:
    • 主要な業務プロセスを文書化し、ナレッジベースを構築
    • Trello や Asana などのプロジェクト管理ツールを導入し、タスクの進捗を可視化
  4. 継続的改善の仕組み:
    • 月次の改善提案制度を導入し、全従業員が改善アイデアを提案できる仕組みを構築
    • 四半期ごとにハッカソンを開催し、新しいアイデアや改善案を創出
  5. 人材育成:
    • 社内勉強会やスキルシェアセッションを定期的に開催
    • 外部研修への参加を奨励し、学習した内容を組織内で共有する仕組みを構築
  6. パフォーマンス管理:
    • OKR(Objectives and Key Results)を導入し、組織の目標と個人の目標を連携
    • 360度フィードバックを実施し、多角的な視点でパフォーマンスを評価
  7. 顧客価値の向上:
    • NPS(Net Promoter Score)を導入し、定期的に顧客満足度を測定
    • 顧客フィードバックを製品開発やサービス改善に直接反映させる仕組みを構築
  8. テクノロジーの活用:
    • RPA を導入し、経理や人事などのバックオフィス業務を自動化
    • BI(Business Intelligence)ツールを活用し、データに基づく意思決定を促進

これらの施策を実施した結果、以下のような成果が得られました:

  • 従業員一人当たりの生産性が20%向上
  • 顧客満足度(NPS)が15ポイント上昇
  • 新規事業やイノベーションの創出件数が2倍に増加
  • 従業員の離職率が30%低下

この事例から分かるように、リーンマネジメントの考え方は、中規模組織の効率化と成長に大きく貢献することができます。ただし、これらの施策を機械的に導入するのではなく、自社の状況や文化に合わせてカスタマイズすることが重要です。また、短期的な成果を追い求めるのではなく、中長期的な視点で継続的に改善を積み重ねていく姿勢が求められます。

まとめ

本記事では、「This Is Lean」の概念を中心に、新時代のリーン・マネジメントについて探究してきました。ここで学んだ主要なポイントを振り返ってみましょう:

  1. リーンマネジメントの進化:
    • トヨタ生産方式を起源とするリーンの考え方は、現代のビジネス環境に適応して進化している
    • 単なる効率化だけでなく、柔軟性と顧客価値の創造を重視する新しいアプローチが求められている
  2. リソース効率とフロー効率:
    • 個別のリソース効率を追求するだけでなく、全体のフロー効率を考慮することの重要性
    • 部分最適化ではなく、全体最適化を目指すことで真の効率性が実現される
  3. 看板方式とジャストインタイム:
    • トヨタ方式の核心である看板方式とジャストインタイムの概念は、製造業以外の分野にも応用可能
    • セールスフォースのザ・モデルは、これらの概念をIT業界に適用した好例
  4. フロー効率の向上:
    • フローユニットの定義と可視化、プロセスの分解とボトルネックの特定が重要
    • リソース配分の最適化により、全体のパフォーマンスを向上させることができる
  5. 実践的アプローチ:
    • 業務フローのデザインと継続的な最適化が必要
    • コスト効率と顧客満足度のバランスを取ることが重要
  6. マネジメントへの応用:
    • リーン思考は組織全体のマネジメントにも適用可能
    • 150人規模の組織での実践例を通じ、具体的な施策と成果を確認

Mia Bytefield
August 30, 2024