コンラッドのテクノロジーとの出会いは幼少期に遡る。子供の頃からコンピューターに触れ、その仕組みを理解することに喜びを感じていた彼は、中学生の頃にはすでに近所の人々のパソコン修理で小遣いを稼いでいたという。ハーバード大学に進学後は、学業そっちのけで学内新聞に没頭。既存の権威に立ち向かうという経験は、ジャーナリストとしての道に進むことはなかったものの、その後の起業家としての活動の原体験となったと語る。
大学卒業後、バイオテクノロジー企業に就職するも、日々の業務に物足りなさを感じていたコンラッドは、大学時代のルームメイトからの誘いをきっかけに起業を決意する。しかし、最初に立ち上げたのは、株のリサーチに関する情報を集約するWikiのようなプラットフォーム「SigFig」だった。アイデア自体は魅力的だったものの、消費者向けビジネスの難しさに直面し、70社以上の投資家から資金調達を断られるという苦渋を味わう。この経験から彼は、消費者向けビジネスの予測不可能性と、ビジネス向け(B2B)ビジネスの合理性を痛感することになる。
「消費者向けビジネスは、まるで蝶の羽ばたきのように、小さな初期条件の違いが大きな結果の差を生む。一方、B2Bはより予測可能だ」とコンラッドは当時を振り返る。この経験は、彼がその後のキャリアをB2Bに絞る大きな要因となった。
SigFigでの苦い経験を糧に、コンラッドはHRテック分野に目を向ける。当時、企業の人事管理は煩雑な手作業が多く、オンライン化も進んでいなかった。そこで彼は、給与計算、福利厚生、保険などを一元的に管理できるクラウドサービス「Zenefits」を立ち上げる。YC(Y Combinator)に参加し、プログラムの厳しさと集中的な指導を受ける中で、Zenefitsは驚異的なスピードで成長を遂げる。
コンラッドはZenefitsの成功要因を、「採用から入社手続き、給与計算、福利厚生まで、従業員に関するあらゆる情報を一元管理できるという、当時としては画期的なコンセプトにあった」と分析する。まるで魔法のボタンを押すように、新入社員の情報がシステム全体に反映され、管理部門の負担を大幅に軽減した。プロダクトマーケットフィットも明確で、顧客からの需要が製品開発を牽引するような状況だったという。
しかし、急成長の陰で、Zenefitsはコンプライアンス問題や企業文化の問題に直面する。創業から数年後、コンラッドはCEOを解任されるという衝撃的な事態を迎える。この時の経験についてコンラッドは、「トップラインの成長が鈍化し始めた時期に、過去のコンプライアンス違反が明るみに出たことが要因だ」と語る。CEO交代後、新体制はコンラッド個人への批判に終始し、結果として企業価値を大きく損なうことになったと彼は指摘する。この経験は、コンラッドにとって深い傷跡を残すとともに、再び立ち上がるための強いモチベーションとなった。
Zenefitsでの挫折から間もなく、コンラッドは再び起業を決意する。それが現在のRipplingである。Ripplingは、Zenefitsのコンセプトをさらに進化させ、給与計算や福利厚生に加え、IT管理、セキュリティ、財務など、企業運営に必要なあらゆる業務を統合的に管理できるプラットフォームを目指している。コンラッドは、Ripplingの核となるアイデアを「コンパウンドソフトウェア」と表現する。これは、単一の機能に特化した従来のSaaSとは異なり、複数の機能をシームレスに連携させることで、より包括的なソリューションを提供するという考え方だ。
「かつてのSAPやOracle、Microsoftのように、複数のアプリケーションを統合することで、顧客企業のより深い課題を解決できる」とコンラッドは語る。彼は、特定の機能に特化した「ポイントSaaS」が市場に溢れ、競争が激化している現状を指摘し、コンパウンドソフトウェアこそが、より強力なプロダクトマーケットフィットを実現し、競合他社を圧倒する可能性を秘めていると強調する。
Ripplingの初期戦略は、Zenefitsとは大きく異なっていた。Zenefits時代は、営業や顧客サポートを積極的に拡大する「ブリッツスケーリング」戦略を採用したが、Ripplingでは最初の数年間、エンジニアとプロダクト開発者にのみ焦点を当て、徹底的にプロダクトの完成度を高めることに注力した。これは、Zenefitsでの経験から、急成長の歪みを避けるための教訓だったと言えるだろう。
インタビューの中で、コンラッドはAIがビジネスにもたらす変革について、独自の視点を語っている。彼は、生成AIのテキスト生成能力よりも、大量の情報を解析し、文脈を理解する能力こそが、B2Bソフトウェアにとって重要だと指摘する。
Ripplingでは、すでにAIを活用した従業員のパフォーマンス管理機能をリリースしている。これは、入社後の従業員の活動データ(コミュニケーションログ、タスクの進捗、顧客とのやり取りなど)をAIが分析し、早期にパフォーマンスの高い従業員とそうでない従業員を識別する。これにより、マネージャーは早期に適切な介入を行い、従業員の成長を支援することができるようになる。
コンラッドは、AIが組織運営にもたらす可能性について、以下のように語る。「AIは、まるでCTOとの1on1での会話から、半年後の現場のエンジニアの意思決定に影響を与えることができる。経営層が、まるで全従業員の活動を直接見ているかのような、より広い視野を持つことができるようになる。」
さらに、コンラッドはAIがソフトウェアの垂直化を加速させると予測する。AIを活用することで、特定の業界や企業のニーズに合わせてソフトウェアをより柔軟にカスタマイズできるようになり、これまで画一的だったエンタープライズソフトウェアのあり方が大きく変わると考えている。
インタビューの終盤で、コンラッドは「ファウンダーモード」という言葉について言及する。これは、創業者が自ら現場に深く入り込み、細部にまで目を配ることで、組織を成功に導くという考え方だ。コンラッドは、この考え方に共感を示しつつも、誤解を招く可能性も指摘する。
「ファウンダーモードは、全てが順調な時には必要ない。問題が発生し、組織の階層構造を突き抜けてエスカレーションしてきた時にこそ、創業者は現場に深く入り込み、問題の本質を理解する必要がある」とコンラッドは語る。彼は、トップダウンの指示だけでは解決できない問題に対して、創業者が自ら泥臭い作業も厭わず取り組む姿勢の重要性を強調する。
しかし、コンラッドはファウンダーモードを免罪符のように捉え、周囲の意見を聞き入れない独善的なリーダーシップに陥ることを戒める。優秀な経営幹部の存在は不可欠であり、創業者は問題解決のために必要な時だけファウンダーモードを発動すべきだと考えている。
SigFigでの苦闘、Zenefitsでの成功と挫折、そしてRipplingでの再挑戦。パーカー・コンラッドの起業家人生は、まさに波瀾万丈だ。インタビューを通して、彼が過去の経験から学び、常に変化を恐れず、未来を見据えていることが強く伝わってくる。
Ripplingの今後の展望について、コンラッドは「ビジネスソフトウェアの構築方法を根本から変える」という壮大な目標を掲げる。データレイヤーと抽象化されたプラットフォーム機能を基盤とし、レゴブロックのようにアプリケーションを組み合わせていくというRipplingのコンセプトは、まだ発展途上であり、その成否は今後の市場の動向にかかっている。
しかし、コンラッドの言葉には、揺るぎない自信と情熱が感じられる。「多くのソフトウェア企業が従来のやり方でビジネスを展開している中、Ripplingのやり方が正しいと証明したい。まだ道半ばだが、必ず到達できると信じている」と彼は力強く語った。
パーカー・コンラッドの挑戦は、まだ終わらない。Ripplingが切り拓くビジネスソフトウェアの未来は、私たちの働き方、組織のあり方を大きく変える可能性を秘めている。彼の今後の動向から、目が離せない。
https://www.youtube.com/watch?v=FwD0wqwUjAI